短編小説『リボーン』
短編小説:『リボーン』
「生まれ変わりって、信じる?」
それが。妻の、最後の言葉。
血友病で、死んでいった妻は。
とても美しい人だった。
真っ白なシーツに、
真っ赤なバラの様な血を吐きながら。
それでも。妻は、美しかった。
自分が、血友病だと知った時も。
「私の中を流れる、血と友達なのよ。」
と。とびっきりの笑顔で、笑っていた。
とても強い人だった。
医者でもあり、科学者でもあった私は。
妻が亡くなる、数秒前まで。
ありとあらゆる延命処置を試みた。
まずは。
妻の脳を、クローンに移植するという方法。
けれど、遺伝的な病気でもある血友病を。
完治させることは出来なかった。
様々な方法を、試した。
そして。頼ったのが、ヒューマノイドに。
妻の脳を、移植することだった。
妻が、亡くなった後。
無事に脳移植もすみ。今、私の目の前で。
いつも通りの妻が、ベッドで眠っている。
と。その瞬間は、訪れる。
妻が、静かに目を覚ます。
「おはよう。あなた。」
妻の、復活して最初の一言は。
それだった。
彼女は、私の事を理解していた。
いつもの妻の、第一声。
そう。
妻は、何度も死に。
その度に、蘇りを繰り返していた。
それには訳があった。
私が、老いないからだ。
不老不死。
誰もが憧れる存在。
それが、私だった。
幾度もの妻の再生で。
私は、脳移植の技術と。
ヒューマノイドの開発を、
請け負う者として。
唯一無二の存在になっていった。
そのうわさを聞きつけて。
妻と同じ処置を依頼する患者達が、
大勢現われた。
だが。
それらの患者達の中で。
過去の記憶を持ったまま、
復活するという。
成功例が。妻だけなのだ。
「今は、何年?」と、妻が問う。
「2093年だよ。」
こうして妻は、自らが生まれた時からの。
そして、私という存在の。
記憶の更新を、行っている。
「随分と、進んだのね。」
そう言いながら。妻は、微笑む。
その美しさに。
私は、軽く目眩を感じる。
あと何回、妻を。
蘇らせればいいのだろう。
見た目だけではなく。
私の造り出したヒューマノイドは完璧で。
傷を付ければ、血は流れるし。
病気や、死ぬことだってある。
食事をし、排泄をし。汗だってかく。
もちろん、泣くことだって出来る。
だが。
どんなに開発されたヒューマノイドも。
所詮は機械だ。
耐久年数も、たかが知れている。
それに。今の時代に、
体を持つ人間は。もう古い。
皆、サーバーの中に。
体と脳を、移している。
バーチャルの世界で、生きているのだ。
何かの仕事をして、儲けるという事も。
子供を持って、いわば、子育てという概念や。
それこそ、食事を楽しむ。
という行為そのものが、失われている。
それなりの、富を築いた人間は。
こぞって、バーチャルの世界に、
シフトしていった。
いうなれば。ある意味、
不死の生存方法を手に入れた。という事だ。
この狂った世界で。体を持っている者は、
もはや、弱者だった。
隣の病室で、結核の患者が死んだ。
人類が。コントロール出来ているはずの、
病気でさえも。
体を持つ者には、容赦がない。
なのに。私は、どうだ。
周りの人間が、全て死に。
自分だけが。
変わらぬ姿で、存在し続けるなど。
狂ってしまわない方がおかしい。
ナイフを使っても、傷は、一瞬で治り。
自らに、火を放っても。
数分後には、全てが元通りになる。
とにかく、死にたかった私は。
全てを、終わらせる為に。
不老不死の研究に、没頭した。
妻とは、正反対の病。
そう。これはもう病だ。
鬼、吸血鬼、悪魔など。
永遠の命を持つとされているモノの、文献を。
散々調べたけれど。無駄だった。
ただ。私の、DNAを調べたら。
一本だけ、正常な人間とは、
違っているのを見付けた。
これを、どう書き換えれば、
終われるのか・・・。
「どうしたの?」
目の前で、妻が、首を傾げている。
「なんでもないよ。」
私は、そう答える。
今。目の前にいる妻は、
二人目の妻だった。
一人目の妻は、
とある事故で亡くしている。
その頃の私は。
まだ、自分を。
不老不死だなどと思ってもいなくて。
そのうえ、今の技術もなく、
助ける事が出来なかった。
一人目の妻との間には、二人の子供。
姉と弟を、授かっていた。
子供達も。私同様に、老いていない。
だが、怪我や病気は。
人並みの治り方をしているようだ。
原因は、血の濃さという事だろうか。
あの子たちも。
私の様に、悩み苦しむのか。
今は、疎遠になっているが。
いずれ不死だと気付くのだろう。
まだ不思議そうに。
私を、見詰めている妻に。
「少し、眠りなさい。」と、声を掛ける。
うん。と、頷くと、素直に眠りにつく妻。
愛おしい人。
私は、静かに病室を後にする。
ここは、私の創った病院だ。
百ある病室は。その全てが、個室で。
其々に、コンセプト・カラーがあった。
妻のいる部屋は、コバルトブルーの。
海の。波打ち際が、テーマになっている。
妻が、海を好きだからだ。
耳を澄ますと、波の音が聞こえて。
潮の香りまでもがする。
視覚・聴覚。そして嗅覚。
それら全ては、其々の患者が復活した時。
過去の記憶を、
思い出せるようにしてある。
先程、結核で亡くなった患者は。
森が好きだったようだ。
小鳥のさえずりがする。
その患者の。
ヒューマノイドへの、脳移植の準備が整い。
私は、執刀医として、手術室へと入室する。
手術といっても、私は、メスを握らない。
全ては。
マシーンの遠隔操作で、済むからだ。
私がする事は。頭の中でイメージし、
その脳波によって。
手術を行う。というものだった。
そして。三十分程で、
手術は、無事に完了する。
けれど、たぶん。
森を好きだった患者は。
その事を。忘れているのだろう。
ヒューマノイドとして。
新たな人生を送る。
それはそれで、
幸せなのかもしれないが・・・。
入院や手術は。全て無料で行っている。
その代わりに、私の実験台になってもらう。
という、約束を交わす。
どうやったら、不老不死の呪縛から。
解き放たれるのか。
私の、DNAの操作と。
妻と共に、この世から、
去ることが出来るように。
もう少し。もう少しなんだ。
妻だけが。以前の記憶を持ったまま、
復活する。という事と。
私の、不老不死。
この二つには、何らかの、
結び付きがあるはずだ。
それらの解読を。
私は、AIに託していた。
あれだけ恐れられていた、
AIの暴走だが。むしろその逆で。
正直な話、私は。一人目の妻が死に。
孤独に、圧し潰されそうになっていた時に。
AIを搭載した、ヒューマノイドと。
暮らした事があった。
はじめは、子育てをしているようで。
正直に言って。楽しかった。
まっさらなキャンバスに、絵を描く。
そんな感じだった。
もう、その頃には。
自分が老いない事に、気付いていて。
それでも。いくらかの孤独は解消していた。
けれど。無理やり押し付けた記憶は。
私が。私自身に、
話し掛けているような感覚を生み。
いつの間にか、接していて。
イラつくようになっていった。
それはそうだろう。
AIに学習させているのは、
紛れもなく、自分で。
主導権は、全て、私にあるのだから。
急に、虚しさを感じ。
私は。そのAIを、消去した。
その後。今の、妻に出会った。
過去の、全ての、記憶を持ったまま。
何度も。蘇ってくれる妻を。
長い間生きている。
自分という存在価値までも。
妻は忘れないでいてくれる。
それはもう。奇跡だった。
そして。
病室が森だった患者は、目覚めても。
以前の記憶は、無かった。
また。妻と私だけの、時が流れる。
妻が復活してから、八年後。
血友病を。発症している事が、わかった。
まただ。また、妻は苦しむのか。
もう、嫌だ。耐えられない。
いっそ妻を。と、思ってしまう。
わかっている。妻を、生かしているのは。
自分が一人きりに、
なりたくないからだということを・・・。
妻の病室へ、検査結果を告げに行く時。
廊下に飾られている、姿見の前で。
ふと足を止める。
そこに映っているのは、
長身のスレンダーな男。
赤と緑の。オッドアイの。
身震いする程に、美しい。
自分の顔を、ぼんやりと見詰める。
次の瞬間。
思い切り、鏡に向かって。
右のパンチを繰り出す。
ガシャン!と、盛大な音が。
廊下中に響き渡る。
ボタボタと。
右の拳から、血が滴り落ちる。
そうして。何事も無かったかのように、
その場を去る。
妻の、病室に着く頃には、
右手の傷は一切無い。
妻は、静かに。病気を受け入れた。
と。
その日。灼熱の大地に。
六十年ぶりの、雪が降った。
私達は、病室を出て。雪を仰いだ。
「きれい。」と、妻は少女のように。
はしゃぎながら、雪と戯れて、
笑っている。
「もう、終わりにしたいかい?」
私は、妻に問う。
「何を?」と、妻。
「なんで、泣いてるの?」と。
再び、妻。
「えっ・・・?」私は、手で。
自分の、頬を拭う。
「雪は、嫌い?」そう言うと、妻は。
私の手を。自らの手で包み込んでくれた。
そして、私は。
恥ずかしげもなく、声を上げて。泣いた。
その後。不思議と私は。
死ぬ事よりも、何度も、
復活を遂げてくれる妻と。
どうやって。毎日を生きようかと。
楽しみさえ、感じている。
今日も。コバルトブルーの病室で。
妻は、目を覚ます。
「おはよう。あなた。」
私達は、今日も。ただ、生きている。
a2pro
※短編小説『ルイという男』のスピンオフ。