短編小説『歌うたい』
短編小説:『歌うたい』
歌う事が大好きな少女と少年がいました。
少女の名はヒロミ。少年の名はタツヤ。
メロディーラインを歌うヒロミに、ハモったり、ユニゾンで歌ったりするタツヤ。
そんな2人の歌声はとても美しく、聴く者は皆幸せな気持ちになりました。
始めは友人達だけだった観客も、1人増え2人増えと、歌うたびに増えてゆきました。
それを見ていた大人達は、「コンサートをしないか?」と、ヒロミとタツヤに持ち掛けます。
そう、お金儲けが出来ると思ったのです。
けれど純粋な2人は、その事に気付きません。
歌を歌えるという嬉しさだけで、2人はその話を快諾します。
小さなハコから始まり、次に屋根にタマネギがついたホールへ。
そして野球が出来るくらいの巨大なホールへと、着実にステップアップしてゆきました。
気が付くとヒロミもタツヤも大人になっていました。
それでも、2人の人気は衰えません。
ヒロミは高音の、澄んでよく通る美声はそのままに。
少女の時には無かった、艶のある声も手に入れていました。
タツヤは、声変わりはしたものの、ハリのある低音が出るようになり、
益々人気を不動のものへとしてゆきました。
しかし、そんな2人にも転機は訪れます。
ヒロミは好きな人が出来て、結婚を考えるようになりました。
そんなヒロミには言えない秘密を、タツヤは1人で抱え、悩んでいました。
「コンサートをしないか?」と言ってきた大人達が、2人を利用し、私腹を肥やしている事を、知ってしまったのです。
幸せそうに彼氏の話をするヒロミに。
タツヤは何も言わず、そしてヒロミは結婚します。
しばらくして。
ヒロミは子供を授かり、歌う事を少しの間、休む事になります。
その間、タツヤは1人で歌い続けます。
けれど。歌えば歌うほど、タツヤの心は壊れてゆきます。
自分が歌う事で、誰かの役に立っているのだろうか?
そんな疑問で頭の中が一杯になり、2人を利用している大人達だけが、得をしているような気がしていました。
それでも。タツヤは歌う事をやめません。
なぜなら、歌う事が、とてつもなく大好きで。
さらには、ヒロミの戻る場所を守りたかったからでした。
そうして。ヒロミが子育てを一段落させて、戻ってきました。
タツヤは、ただ笑って、ヒロミを迎え入れます。
しかし、ヒロミは気付きます。
「何か隠してるでしょ?」
ヒロミの問いに。一瞬タツヤは真顔になり、その後ボロボロと涙を流しながら、を打ち明けました。
心の優しいタツヤにとって。もう限界だったのです。
「よっしゃ。そんな奴ら、やり返しちゃおう!」
そう言うと、ガキ大将みたいな顔で、ヒロミが笑いました。
そうだった。ヒロミはこういう所が、強いんだった。
と、タツヤもつられて笑っていました。
再びタッグを組んだ2人は、もう無敵です。
そして1カ月後。
ヒロミの復帰第一弾のコンサートが、有楽町の大ホールで、行われる事になりました。
ところが。初日の舞台に、2人の姿はありません。
それどころか、観客が1人もいないのです。
2人を利用していた、悪い大人達は、アタフタしています。
ちょうどその時間。5つの輪が頭をよぎる競技場で、ヒロミとタツヤの歌声が響いていました。
SNSで拡散。さらにファンクラブの人々にも協力してもらい、観客大移動を可能にしたのでした。
今頃、悪い大人達の元へ、2人の退職届が。
それと同時に、大量の退職届も、送られていることでしょう。
それらは全て、親身になってくれたスタッフ。
そしてマネジャー達のものです。
もちろん。コンサートは大成功に終わりました。
そしてアンコールの曲、「歌うたい」は、こんな曲でした。
【歌うたい】
うたうたいがふたり だれかのためにうたっている
うたうことはいのり だれかとつながりあうために
どんなにちいさな よろこびでも
どんなにおおきな かなしみでも
わらいあいながら うたえれば きっとだいじょうぶ
あしたがあるかぎり きぼうとゆめにおわりはない
だれかがいるかぎり ふたりのうたにおわりはない
こんなにあかるい ふりをしても
こんなにさみしい まちかどでも
わらいあいながら うたえれば ずっとだいじょうぶ
たかが歌、されど歌。
人生のターニングポイントで聴いた歌は、いつまでも、その人の応援歌であり続けます。
そうして。
ヒロミとタツヤは、本当の歌うたいになっていったのでした。
a2pro