短編小説『ボビー・コールドウェルを聴きながら』

カランカランカラン。
木製の扉を開けて、店内へ入る。

コツコツコツとヒールの音をさせながら、
一枚板のカウンター席に、
まるで当然の如く、スッと座る。

程なくマスターが正面に現れる。

「いらっしゃいませ。」
「いつものを。」と言葉少なめに注文する。

週末のバーは、程よく人が入っている。
午後六時、待ち人はまだ来ていない。

コトッと小さな音がして、
カウンターにボトルが置かれる。

目の前に置かれたそれは、
溶けだしたような赤いキャップがついた、独特な、
少々ずんぐりむっくりとしたデザインの瓶だった。

メーカーズマーク。
ケンタッキー原産のバーボンウイスキー。

それからマスターは、
アイスピックを起用に使い、
氷を丸く削っていく。

暫くの間、
カツカツカツという、
小気味良い音だけが、耳を打つ。

綺麗に丸くなった氷を、
江戸硝子のロックグラスに入れる。

そして瓶を手に取ると、
一度ラベルをこちらに見せ、
頷くと、キュッと音を立てて、キャップを開ける。

メジャーカップにワンフィンガー分量ると、
ロックグラスに、トクッとウイスキーを注ぎ入れる。

それを静かにマドラーで一回かき混ぜる。
「お待たせしました。」

スッとコースターが二枚、カウンターに並べられ、
其々にオンザロックと、チェイサーが置かれる。

「ありがとう。」
と礼を言うと、グラスに手を伸ばす。

カランと静かな音で、氷が鳴る。

口元に近付けると、
メープルシロップのような、
華やかな香りが、鼻先をくすぐってくる。

思わず喉が鳴る。

トロッとした琥珀色の液体を、
舐めるように口に含む。

一瞬、強烈なパンチに、噎せそうになる。

さすがは、アルコール度数45パーセント。
すかさず、チェイサーに口を付ける。

この作業を何度か繰り返していくと、
急に、しっくりと馴染む瞬間が訪れる。

これぞ、酒飲みの醍醐味だ。

若い頃は、かなり格好悪い飲み方もしたけれど、
こんな風に、チビチビと、時間をかけて、
お酒を楽しむのも、良いものだ。

それに、このスタイルに落ち着いてから、
悪酔いしなくなった。

格好良い言い方をすると、
お酒とお喋りする。とでもいうのだろうか。

待ち人が多少遅くても、酔わずに待っていられる・・・

カランカランカラン。

「ごめん。遅くなって。」
「大丈夫。お疲れ様。」
「いらっしゃいませ。同じもので、よろしいですか?」

「お願いします。」
「私は、おかわりを。」
「わかりました。どうぞ、ごゆっくりと。」

そんな、どこにでもありそうな日常が、
今は苦しくなっている。

あれから二年、行けていないバーのマスターとは、
年賀状くらいでしか、繋がっていない。

誰が悪い訳でもなく、
そして、皆が、頑張っている。

せめて、家で。
メーカーズマークのオンザロックと、
ボビー・コールドウェルを聴きながら・・・。

a2pro

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