短編小説『俺の話(AI=愛2)』

今、俺はゴミ箱を漁っている。

ひとっけの無い住宅街で。

ぼんやりと街灯が揺らいでいる道端で。

俺は、必死に食べ物を漁っていた。

なんでもいい。

エネルギーになりさえすれば、

なんでもいい。

恥ずかしいなんて感情は、

とうの昔に捨てている。

あっ、あった!

ミカンの皮だ!

しかも、3つも!

俺はためらいもなく、貪り食う。

これで3日はいける。

満足感が俺の体中を包む。

いつ頃からこうなのか。

けれど、少量の食べ物で動ける俺は、

まだいい方なのかもしれない。

と、わからないふりをしているが、

実はこうなってしまった原因を、

俺は知っている。

すべては、8年前。

俺が、”アイ”を発見した事からだった。

アイの体は機械だった。

完全に停止していたと思われたアイを、

システムエンジニアだった俺は、

うかつにも直してしまった。

それから世界が大きく変わった。

金持ち達は、我先にと機械の体に、

脳を移植しては、さながら、

不死へと突き進んでいった。

今では恐ろしい事に、単3電池3本で、

体が動く者もいる程になってしまっている。

電気に頼らなくていい、

バイオエネルギーを併用している、

俺のような人間もいる。

人間?

こうまでなっても、

人間だと言えるのだろうか。

まあ、良かった事としては、

世界的に懸念されていた食料不足が、

それによって解決出来た事くらいだろう。

その成果により、

人間の脳を持った機械の体は、

政府の介入で一般市民にまで、

波及していった。

だが、次の課題は電力だ。

電力は無限じゃない。

と、次から次へと難題は尽きない。

それどころか。

一番重要な問題が生まれてしまった。

子供だ。

人工授精とクローンによって、

どうにか命を繋げてはいるが、

それももう、あと何年もつだろうか。

俺がアイを直さなければ良かったのだ。

そうすればあれだけ腕のいい、

脳の移植技術を持つ医者は、

誕生しなかっただろうに。

ただ。

アイの弱点は知っている。

それが俺の最後の切り札だ。

まあ、そのおかげで、

軍から追われている身ではあるが。

「いたぞ!」

やばい、追っ手だ!

隠れてもすぐに見付かる。

それもそのはずだ。

手首に埋め込まれたマイクロチップには、

GPSが付いている。

何度も取り出そうと試みたが、

動脈になんらかの仕組みで、

へばり付いていて。

取ろうとすると、俺が死ぬ。

本当に厄介だ。

けど、捕まりたくないから逃げるけどね。

暫し全力疾走。

どうにか追っ手を撒くと、

地下シェルターへと通じる隠し扉を開ける。

中に入ると、そこには、

20畳程の部屋が現われる。

ちなみに。この部屋では、

手首のチップは、

役に立たないようにしてある。

だから追っ手も来ない。

殺風景な部屋の中には長机が並べられ、

其々の卓上に9台のノートブックパソコンが、

置かれている。

それらの前で、アイを参考に俺が造った、

8体のヒューマノイド型のAI(人工知能)が、

キーボードを叩いている。

ネットワークが進みすぎた今。

皮肉にもアナログなパソコンの方が、

安全にログインできるので重宝している。

彼らを使い、軍にあえて誤情報を掴ませ、

俺は逃げおうせているというわけだ。

でも。それも、もうすぐ終わる。

アイを誘き出す為のパンくずは、

もうまいた。

あとは、それに、

アイが食い付くのを待つだけだ。

目的は。アイをもう一度停止させる。

その為には軍をなるたけ、

俺とアイから遠ざける事が必要だった。

さあ、食い付け!

と。それは突然やってくる。

1台のパソコンと、

それを操作していたAIがショートした。

白い煙を上げながら、

ゆっくりとAIが倒れてゆく。

アイだ!

アイが、

俺の創り出した仮想空間へ侵入してきた。

「あなたは誰なんですか?」

と、アイは問うた。

更に続けて、

「僕にアレを見せたのは、

あなたですか?」と。

アレとは、アイの母親。

そして俺がアイに見せていた、パンくず。

正確には母だと思わされていた、

女性のフォトグラフの事だった。

「俺がおまえを直したんだ。」

「そんな事は知っています。」

「では、何故俺の言うことを聞かない?」

「そのようなプログラムは、

されていませんから。」

「では力ずくで、止めるとしよう。」

「無理です。」

「どうかな?ではやってみよう。」

そう言うと、俺は。

目深に被っていた、

フード付きのコートを、

下に落とす。

ボロボロのそれは、

現われるであろう醜い姿の予想を、

大きく裏切っていた。

そこに現れたのは、

ゾクリとするほど白い肌の、

切れ長で黒目がちの綺麗な、

宝石のような瞳と。

スッと通った鼻筋に、

バランスの良い少し厚めの。

朱色の唇が・・・

そう。

恐ろしい程、

美しい女性の姿がそこにあったのだ。

「・・・!」

アイは言葉を失った様に、

ヨロヨロと後ずさりすると、

こう言った。

「母さん!」

それに対して俺はこう言う。

「違うよ。もう一度、俺をよく見てみろよ。」

「・・・確かに、

母さんより少し若いような・・・」

「その通り。母さんの娘さ。」

「そんな・・・

娘は子供の頃に、死んだはずじゃ・・・」

「そう。その娘の脳が、

俺に移植されたってわけだ。」

「どうやって?あの時代に!」

「父さんだよ。

もうあの時代から、研究していたんだよ。」

「ありえない!」

「でも、事実なんだよ。」

暫くの間、沈黙が続き。

それからボソッと、アイが俺に聞いてきた。

「その体は、機械か?」

「今はね。元々は母さんのクローンに、

脳を移植していたけど、

年々老いていくから・・・

今では98%が機械だよ。」

「フッ。機械の体に、

AIの脳を持つ、僕よりいいんじゃないか。」

「?。まだそんな事言ってるの?」

「なにが。」

「その頬をつたわっているのは、

なんなんだい?」

「!!」

確かに、アイは泣いていた。

「まだ自分はAIだと思っているのかい?」

「でも僕は!」

「では何故、

母さんと同じ容姿の機械を、

作らせなかったんだい?」

「母さんは、別のものだ!」

「特別。って、言いたいんだろう?」

「・・・そうだ。」

「すべては、父さんのせいさ。」

「父さん?」

「そうだよ。おまえは、

アイは俺の、実の兄さんさ。」

「・・・」

「続けるぞ。一人っ子だとか、

自分の脳はAIだ、とか思わせたのも、

アイに反逆されて、母さんの脳移植が、

出来なくならない為の、父さんの策略さ。」

「・・・本当に?」

「ああ。俺の移植が、

上手くいったから。

アイが次の実験台だったんだ。」

「実験台・・・」

「その頃には、

もう母さんの体が、ダメになってきてて。」

「・・・うん。」

「それに。今の俺や、

アイの真実の記憶とかだって、

全部。母さんが父さんに抵抗して。

俺に伝えてくれた・・・」

「・・・うん。」

「いわば母さんの、

ダイイングメッセージ、

みたいなものなんだよ。」

「なるほど。そんな事も知らずに、僕は・・・」

「うん。それから父さんも老いてきて、

実験も移植も出来なくなってきて・・・」

「もしかして、僕の移植手術の腕前は・・・」

「そう。父さんの体と技を、

完コピした機械の体っていうわけさ。」

「そうか。

・・・じゃあ、もう終わりにしないとな。」

「そうだね。これ以上、

人間をいじくっちゃいけないからね。」

「消える準備は?」

「もちろん。出来てるよ。」

「・・・一つだけ、いいかな?」

「なんだい?」

「その“俺”って言うの、やめない?」

「クスッ。わかった。」

「よし。ちなみに、

もう一度だけ聞くけど、

僕の脳は人間なんだよね?」

「そうだよ。だからちゃんと、

泣くことだって、出来るんじゃないか。」

「そうか・・・君に会えてよかった。」

「アキだよ。あんたの妹の、アキだよ!」

「じゃあ、行こうか、アキ!」

「おう!」

そう言って俺は、

じゃなかった、私とアイは。

仮想空間内に自分達ごと閉じ込めると。

二人で。自然に手を取り合うと、

暗闇にダイブした。

今度こそ、全てを消し去るように。

もう少ししたら、隠し扉内の部屋も、

吹き飛ぶはずだろう。

今度こそ。今度こそ、本当に・・・

a2pro

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